染色工房「レーデルオガワ」(千葉県柏市)が染める艶やかなコードバンにあえて型押しの加工をする──。レザーブランド「KUBERA(クベラ)9981」の“禁断の発想”はどこから生まれたのか。
KUBERA9981のデザイナー・鶴見正臣とレーデルオガワの飛田英樹・専務取締役が話すのは革業界の未来。柔軟な発想から生まれた「型押しコードバンの財布」が示す先は。染めや型押しのこだわり、これからの財布の役割などを革のプロ2人が語った。
──レーデルオガワが染めるコードバンの特徴を教えてください
飛田:特徴は表面の艶感です。コードバンの一番の売りは艶。その本来の良さをそのまま生かすための作業をうちでは行っています。
グレージング(革磨き)の工程で得た艶をそのまま表に出す、他社にはない独自の染色技術「アニリン染め」が強み。加えて、赤なら赤、緑なら緑と、色の鮮やかさをしっかり表現できるのはこの染め方しかないと自負しています。
レーデルオガワは決して規模は大きくありませんが、その分、品質管理がしやすい。働き手は若く意見交換も頻繁で、風通しがいい工房です。
──機械化を進めず手作業にこだわる理由は
飛田:確かに生産量が限られるし、利益も低いのが実情です。「たくさんつくってたくさん売る」ができない。しかし、コードバンという素材は革の一つひとつに個性があって、すべて機械任せにできるかというと、それはちょっと違う。
タンナー(なめし革業者)から弊社に革がやってきたら「この子はこれくらい脂を入れて、この子はこれくらいの力でのばして……」と、我が子を育てるように考えます。そして手間をかけた分、革は反応してくれます。アナログじゃないとできません。
──製品をつくる側としてレーデルオガワで染める革の魅力は
鶴見:コードバンを扱う工房は各地にありますが、いろんな製品を取り寄せ使ってみた結果、レーデルオガワさんが染めた革なら自分の理想がつくれると思いました。僕らのような新参が老舗に飛び込むのは勇気がいりましたが、工程を拝見し、やはり取引をお願いしたいな、と。
──艶が命のコードバンに型押し加工をする発想はどこから?
鶴見:コードバンはとにかく傷がつきやすく繊細。手軽に使えないデメリットを解消できないか、との思いからです。以前、貴重な宝石を扱うようにコードバンを丁寧に袋に入れて、そっとカバンにしまう人を見ました。不便だろうと思う一方、この人はきっとコードバンが大好きなんだろうなって。
そんなとき、型押ししたコードバンの古い写真をネットで見つけて、さっそく飛田さんに相談しました。
すると「実は先代がそうしたものをつくっていた」という意外な返事が。正直、コードバンに型押しをするという発想はタブーです。美しく輝く表面を大胆に加工してしまうわけですから。でも一線を超えることで得るメリットもある。「邪道だ」と反対意見もあるなか、製品化に向けて舵を切りました。
型押しの柄にもこだわりましたね。何百という柄から選んだのは90年代に流行した一つで、今っぽさもあり、高級なメゾンっぽさもある。きめが細かく、すり傷がつきにくいのもポイントです。
──「革職人」の立場から型押しのコードバンはどうみえますか?
飛田:実は、型押しとコードバンの相性の良さは昔からわかっていたんです。タンニンなめしをしたいわゆるヌメ革は形状記憶合金のような特殊性があって、柄が固定しやすい。「なぜ今、コードバンの型押しがないのか」と感じていたとき、鶴見さんがやってきた。僕もすぐに賛同しました。
見せてもらった製品はイメージ通りでした。表面の凹凸によって艶感が増す部分と消える部分のコントラストが出来上がる。エイジングの可能性を広げる一つの方法だと思います。
──KUBERA9981のように現在、コードバンを型押しするブランドは珍しい?
鶴見:僕の知る限りではほとんどありません。だから、これからもっと広まってほしいですね。コードバンは今、好きな層が固定されていますが、老若男女に触れてほしい素材です。これまでにない型押しというアプローチで、革好きのパイ自体を大きくできればうれしいです。
飛田:素晴らしい考え。業界では、タンナーや職人の数が年々縮小傾向にあります。というのも、革は値段が高い、扱いにくいなどイメージが広まり「じゃあ、違うものでいいじゃないか」というお客さんが増えたから。業界を俯瞰(ふかん)したとき、先細りの傾向があります。鶴見さんのように新しいターゲットに向けた取り組みが大事ではないでしょうか。
鶴見:革製品の良さは愛着を持ち長く使えるところです。ただ経験や知識が必要ですよね。ですから最初の一歩として、型押しのコードバンで上質な革を所有する楽しさを気軽に知ってもらえたらと思います。
──日本にも電子決済サービスが浸透してきました。財布の役割は変わっていくのでしょうか?
鶴見:大規模停電のときに使えないなど、電子マネーにはまだ不安要素もあります。紙幣や硬貨を入れる財布は日本の持つ大切な文化だし、潜在的に多くの人が必要だと感じている。その文化を継承する一翼を僕らも担いたい。どんなものを買おうか、いつおろそうか──。自分に似合う財布を見つけるそんな楽しさを、これからも伝えていきたいですね。
飛田:財布って肌身離さず持つものじゃないですか。大切な人からプレゼントされた、何かの記念に買ったとか、そんな記憶とともに持ち主と一緒に育っていくもの。愛着こそが革の財布の良さだと思います。
鶴見:「クベラ」というブランド名は、富と財宝の神に由来しています。富と財宝をしっかり守るツールとして、素晴らしい素材を使ったこのコードバンのコレクションを、ぜひ手に取ってみてください。